この話が噓か真か…。どう思うかはあなた次第です…。
昼夜逆転の生活を送る主人公・北海広樹(20歳)は、大学もバイトもオンライン中心で、人と顔を合わせる機会がほとんどなかった。
オンライン授業だけでなく、スマホやゲームもよく見るため視力があまり良くなく、分厚い眼鏡がなければ、数メートル先もぼやけてしまう。
彼は東京郊外のワンルームで一人暮らしをしており、その日も夜明け近くまでゲームに没頭し、朝方ようやく眠りについた。
「ピンポーン」
耳障りなインターフォンの音で目が覚めたのは、午前11時過ぎ。
頭はまだ霧の中にあるようにぼんやりしていた。
反射的に体を起こし、眼鏡を手探りで探すが見つからない。
裸眼のままインターフォンのモニターに目を向けると、画面にはぼやけた人影。
(昨日ネット通販で頼んだやつだな……)
寝ぼけた頭でそう思い込み、何の疑いもなくドアの鍵を外し、開けた。
しかしそこに立っていたのは、配達員などではなかった。
六十代ほどの、白髪交じりの男。
汚れたジャンパーを着て、うつろな目でをじっと見ていた。
言葉も、動きもない。ただ、こちらを見つめるだけ。
「……え?」
状況が飲み込めないまま、広樹は男の目を見返した。
その目は、光を失い、まるで何かに取り憑かれたようだった。
その目に吸い込まれるような錯覚を覚える中、広樹の背筋に寒気が走った。
(やばい、これ……やばい奴だ)
慌ててドアを閉めようとしたが、ガチャン!!!!!!と嫌な音がして止まる。
男の足が、ドアの隙間に挟まれていた。
「うわっ、やめてください!!」
全力で男の体を外に出そうと押し返すが、男の力は異常だった。
成人男性の全体重をかけてもびくともしない。
むしろ、ドアが内側に押し返されてくる。
「ガァァァァーーーッッ!!!」
「開けろォォ!!開けろォォ!!」
突如、男が凄まじい声量で叫び出し、ドアを拳で何度も叩き始めた。
打撃音がアパートの廊下に響き渡る。
恐怖で全身が震え、汗がにじむ。
広樹は力を振り絞り、なんとかドアを閉め、鍵を掛けることに成功した。
だが、眼鏡もかけておらず、視界は滲んでいる。
(スマホ、スマホ……)
何も見えない中、手探りで部屋中を探し回るが、焦りと恐怖ですぐ近くにあるはずのスマホすら見つからない。
「開けろォォ!!なあああああ!!!」
「そこにいるのは知ってんだよォ!!」
けたたましい叫び声と衝撃音が、壁越しに響き続ける。
(だめだ……殺される……)
ようやくベッドの隙間からスマホを見つけ出し、震える指で110番を押す。
「たすけてください……」
震える声を何とか絞り出し、何とか警察に助けを求めた。
やがて、男の叫び声は少しずつ遠ざかっていき、警察が到着した。
事情を説明すると、警官たちは丁寧に調査してくれたが、こう言った。
「誰もいませんでした。映像も、音声も、記録には残っていません」
それから、半年が過ぎた。
広樹はバイトを始め、対面授業も増え、生活リズムは多少なりとも整い始めていた。
あんなに怖かった出来事も時間が経つと「結局何だったんだろうなぁ」と、自分でも不思議になるほど、記憶の底に沈みつつあった。
そんなある日の夜。
高校時代の友人・健が近くまで来ていたついでに、久しぶりに玄関先まで顔を出してくれた。
健:「お前、インターフォン出るのおっせーな。寝てた?」
広樹:「いや、ちょっと作業してた。てか、お前カメラ近すぎな?顔エグイことなってたぞ笑」
健:「マジ?ちょ、どんな風に映ってたか気になるわ笑」
広樹:「マジ笑、後で写真送ってやんよ」
そんな何気ない会話の流れだった。
広樹はその晩、健の写ったインターフォンを撮るために録画履歴を開いた。
再生した映像には、健の顔が非常に近い状態で映っていた。
広樹は写真を撮り「はは、おもろ」と笑った。
健に写真を送ってやろうとしたが、ふと過去の映像も見たくなった。
そのまま、指が滑るように過去の履歴をスクロールしていく。
ふと、事件当日の日時が目に止まった。
(……あのとき、記録はなかったって、あの警察は言ってたけど、
映ってるはずなんだよな)
再生してみると、
そこには記憶通りの男が、玄関の前に立っていた。
無言で、動かず、ただ広樹の部屋を見つめていた。
(ほらやっぱり……映ってんじゃん……)
だが、問題はその先だった。
広樹はさらにあの男が映っている過去の履歴をさかのぼってみた。
先週、3ヶ月前、半年前、引っ越してきたばかりの時期。
いるのだ。
あの男が。
「……嘘、だろ」
それだけではない。
広樹がこの部屋に引っ越してくる前の記録にもあの男が映し出されているのだ。
相まみえたときと同じ服、同じ表情、同じ姿勢で、広樹の部屋の前に立っていた。
(なんで……なんでこんな前から……)
恐怖が、皮膚の下からじわじわと滲み出す。
手を震わせながら、モニターを閉じた。
そして、心のどこかで確信していた。
あの男は今も、まだ来ている。
その事実が、広樹の体をこわばらせる。
「ピンポーン」
インターフォンが鳴ったようだ。